「げっ。」

そのピンク色に装飾された売場を目にした時、思わず率直な感想が口に出てしまった。なるべくその売場を見ないようにしながら、そこから足早に離れ、目的の物を買って店を出る。

外の風が頬に当たり、寒さに身震いをする。今晩は雪が降ると天気予報でも言っていた。

この間、年が明けたと思っていたのに、あっという間にもう二月。

別に忘れていた訳ではないが、もう店に特設コーナーが設けられる時期になったのだと薫は思った。

この『バレンタイン』を好きな男は数える程しかいない。

恋人が出来たての奴。

毎年両手に抱えきれ無い程のチョコを貰っている奴。

 

実は海堂薫はこの両方に当てはまる、端から見れば何とも恵まれた子なのだが、このバレンタインが嫌いな部類に入る。

本来薫はイベント事に踊らされるのは好きではない。バレンタインも『お菓子会社の陰謀だ。』位にしか考えていなかった。

しかし流石に最近恋人が出来たばかりではそう言っていられない。

しかも相手が同じ部活の先輩だから、尚更ややこしい。

やはり自分がチョコレートをあげる立場なのだろうか?

でももし先輩からチョコ貰って、自分が何にも無しじゃこちらとしても居た堪れないのでやはり、用意はしておくべきだろう。

 

問題はどうやって用意するか。

 

あんな特設コーナーなんて、終始女の子が一杯で、そんな中に薫がのこのこチョコレートを買いに行くなんて、想像しただけでも恐ろしい…。

 

それならいっそ自分の家で作ってしまえば…。

 

母親の穂摘は趣味で調理師免許を持つ程の凄腕なのだ。今年のバレンタインにもきっと凄いチョコレートケーキを作る気で居るのだろう。だから母親に作り方を教わればきっと喜んで教えてくれるに違いない。でも息子がバレンタインに母親とチョコレートを作るなんて、世間一般的にありえない光景なので、その案もまた却下した。

 

 

薫が何もしなくてもバレンタインはやって来る。

気が付けばもうバレンタイン前日。

 

 

チョコを買うならもう今日しかない。放課後、自分の家から敢えて遠い店まで足を運び、そこで一番女性客が少ない時にぱっと買ってしまおうと、お店の特設コーナーの前で薫はスタンバッていた。

近くのベンチに腰を下ろし、女の子達がキャーキャーと楽しそうにチョコレートを選んでいるのを遠巻きに見つめていると、女の子の山の中に頭二つ分飛び出て、自分よりデカイ女がいた。思わず目でその後姿を追っていると、その長身の女の人は誰かにぶつかったらしく、後ろを振り返り、丁度薫と対峙する形になった。

その時お互いが同時に驚きの声をあげる。

「い、乾…先輩!」

「なッ…海堂。どうしてここに。」

その声に回りの視線が自分達に向けられる。

二人は慌てて、売場から逃げ出した。

 

店から出て近くの公園に向かう。ベンチに座る薫に,乾から缶コーヒーが手渡された。薫は『どもッ』と小さく礼を告げて缶を受け取り、プルタブを引く。暫く無言の後、

 

「あの…」

「あのさ…」

 

お互いの言葉がかぶる。薫は先輩に先を譲った。

「なんか…。格好悪いな。渡す相手に買う所を見られるって言うのは…予想外だ…。」

そう言いながら、青いリボンの付いた。包み箱を薫に手渡した。

「・・!っ先輩…これって。」

「一日早いけどな。バレンタインチョコレート。本来は御世話になった人に感謝の意味を込めてって事で、男女問わずチョコを渡す日なんだけれど、日本はそうじゃないからな。買うの恥ずかしかったよ。あっ、このチョコは両方の意味な。」

そう言いながら、先輩は薫と視線を合わせてニヤリと笑う。

どうしてこの人はこんな恥ずかしい台詞をさらっと言ってしまえるのか。そう思いながら、薫は顔を真っ赤にしながら目を逸らした。

(乾にしてみれば海堂がこういう態度を取る事が判っているからこそ、そう言う台詞が出てくるのだが…。)

「あの…すみません。俺、まだチョコ買って無くって。それで、さっき、買おうと思ってあそこに行ったら、先輩が居て。」

なんか段々言い訳がましくなって来たので、薫はそこで言葉を切ったが、先輩にはそれで十分薫の気持ちを汲み取る事が出来る。

「良いよ。俺甘い物あんまり好きじゃないからさ。それじゃあ、ホワイトデーに3倍返し期待しておこう。」

先輩は笑いながらそう言い、薫の手の中にあるチョコレートを一つつまんだ。

 

 

<コメント>

イベント事が大好きな湯塚が勝手に思いついたまま書きなぐった話ですが、何となくまとまったので良しとします。

そう、落ちを考えずに進む事は危険だということは判ってはいるんですが・・・。HPっぽく期間限定にしたかったのですが、

小説少ないので、いつまでもここに残っているような気がします(汗)

 

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